江戸川 乱歩(えどがわ らんぽ)

ポプラ社から復刻版が出ていた、江戸川乱歩の少年探偵シリーズが最近完結しました。

同シリーズは表紙とは別に、中の口絵や挿絵を色々な画家の方が描かれています。
画像はそのホンの一部です。
全26巻中、子供の頃読んだのは、『怪奇四十面相』と『電人M』の2冊だけでしたが、今でも良く覚えているのは、二十面相が自分のことを二十面相と呼ばれる事を嫌っていた事です。

理由は自分の変装能力は倍の四十位はある、というもので小説の中でも、「これからは四十面相と呼んでくれたまえ」なんて言っていましたが、残念ながら定着しませんでしたね(笑)

画像


オリジナルは1964年から1973年にかけてポプラ社から『江戸川乱歩・少年探偵シリーズ』全46巻として刊行され、ロングセラーとなったものですが、1998年より刊行された『江戸川乱歩・(新訂)少年探偵シリーズ』は代筆による作品が除かれ全26巻(28作品)になったそうです。今回はその復刻版です。

以下はWikipediaです

江戸川 乱歩(えどがわ らんぽ、正字体:江戸川 亂步、男性、明治27年(1894年)10月21日 - 昭和40年(1965年)7月28日)は、大正から昭和期にかけて主に推理小説を得意とした小説家・推理作家である。また、戦後は推理小説専門の評論家としても健筆を揮った。

本名は平井 太郎(ひらい たろう)。筆名はアメリカの文豪エドガー・アラン・ポーをもじったものである。日本推理作家協会初代理事長。位階は正五位。勲等は勲三等。

1923年(大正12年)、『新青年』に掲載された「二銭銅貨」でデビュー。初期は欧米の探偵小説に強い影響を受けた本格探偵小説を送り出し、黎明期の日本探偵小説界に大きな足跡を残した。一方で岩田準一とともに研究していた衆道の少年愛や少女愛、草双紙、サディズムやグロテスク趣味などへの志向も強く、これを活かした通俗的探偵小説は昭和初年以降当時の一般大衆に歓迎されたが、反面、世間が乱歩の虚像を肥大化することを嫌い本格作品執筆の意欲は衰えた。海外作品にも通じ、翻案性の高い作品として『緑衣の鬼』、『三角館の恐怖』、『幽鬼の塔』等がある。また少年向けに、明智小五郎と小林少年をはじめとする少年探偵団が活躍する作品『怪人二十面相』等を多数発表した。その他、探偵小説に関する評論(『幻影城』など)でも知られる。

戦後は評論家、プロデューサーとして活動。経営困難に陥った探偵小説誌『宝石』の編集・経営に携わる。日本探偵作家クラブの創立と財団法人化に尽力。同クラブに寄付した私財100万円の使途として江戸川乱歩賞が制定され、同賞は第3回より長編推理小説の公募賞となる。

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